美濃金山城跡 〜森氏の居城だった城跡を訪ねて〜


子どもの頃は天守閣や本丸が復元されていないお城には全く興味がなかったんですが、大人になって城跡もいいなぁと思うようになりました。

岐阜県は山が多いので山城の跡はたくさんあるんですよね〜

地元の方がしっかりと整備している山城跡もあれば、整備はそこまでいきとどいていないけれど行ってみたい山城もあります。

整備が行き届いていない場所は野生動物がちょっと怖いなと思ったりしますけど…

今回訪れたのは岐阜県可児市。

可児市内には山城の跡が7箇所もあるそうなのですが、今回は恐らくその中では最も有名だろうと思われる山城に行ってきました。

戦国時代、織田信長の家臣だった森氏の居城だった美濃金山城。

かなり見どころの多い城跡でしたよ〜



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美濃金山城とは

お城がある場所の地名が『可児市兼山』ということもあり兼山城と表記されることもあるのだそうです。

戦国時代、美濃国を治める斉藤道三の命を受けて築城。

初代城主は『斎藤正義』なる人物だったそうです。

正義が亡くなった後は一時的に城主不在となりますが、織田信長が美濃国を治めることになると家臣の森可成が城主となります。

それまでは鳥峰城と呼ばれていたそうですが、兼山城に改名したそうですよ。

可成がなくなると、長可が城主になります。

長可が信濃に転封された後は弟の成利(蘭丸)が城主になりますが、本能寺の変で亡くなってしまいます。

再び長可が城主となり、その後は子どもの忠政へ。

1600年に忠政が信濃に転封され、城も取り壊されました。

金山城跡は2013年に国の史跡に指定されています。


美濃金山城を歩く


気ままさん
気ままさん

美濃金山城は『古城山』と呼ばれる山の上(276m)にあります。

車で行くと山の中腹までは登っていけますし、整備が行き届いているのでとても登りやすいです。

ちなみに、金山城と書いて(かねやまじょう)と読みます。


まずは出丸を目指します

今回はいくつかある駐車場のうち、蘭丸ふるさとの森の第1駐車場からスタート。


石畳の道を少し登っていくと広場にいく道を出丸へ行く道の分岐に出ます。

出丸方面に登っていきます。

スタートから出丸まではちょっとキツめの坂を登っていくのですが、キツいと感じるのは出丸まで。

10分くらいで出丸跡にたどり着きました。

※出丸…本丸から見ると出っ張った場所に建っている曲輪のことで、敵が攻めてきた時に監視したり敵の攻撃からお城を守る役割を果たしている場所


出丸跡から見る景色もなかなかのもので、敵の動きもよく見えただろうなぁと思いを馳せながら先に進みます。


蘭丸広場と千本桜

最初の分岐を出丸方面ではなく広場方面に歩いていくと見ることができるのは、森蘭丸が生まれた時の産湯に利用されたと伝わる井戸です。


見晴らし広場と呼ばれるこの広場は桜の時期になるとお花見客で賑わうのだとか。

千本桜の絶景を見ることができるみたいで、どうせだったら1ヶ月前にきてみたかったと思いました。

見晴らし広場以外にも蘭丸広場や坊丸広場、力丸広場があるそうですよ〜


破城の痕跡を見ながら三の丸&二の丸跡へ

出丸跡から本丸を目指します。

少し登ったところに三の丸門跡があり、門跡の看板の横に当時の石垣であろう立派な痕跡を見ることができます。


この石垣には破城の痕跡が見られるそうです(一番上と角が崩される痕跡)

う〜ん…一体どこが痕跡なのかよくわかりません(笑)

美濃金山城跡には思っていた以上に石垣の跡が残っていますので、石垣マニアの方は倒しむことができるお城なのではないでしょうか。

三の丸跡では水の手と呼ばれる飲用水の補給場所に続く跡も見ることができました。

説明看板が多いので助かりますよ〜


三の丸跡から1つ登った場所にあるのが二の丸跡。

ここでは『桝形』とよばれる少し大きめの正方形スペースの跡を見ることができます。

説明看板によると、桝形とは、、、

攻め寄せてきた敵の進む勢いを鈍らせるために設けられた正方形の敷地。普段は登城する武士への威厳をしめすためのもので、ここまで登ってきた武士はここで呼吸を整えながら、本丸へ上るための衣紋の乱れを整える場所でもあった

美濃金山城跡内の説明看板

では、いよいよ本丸に進んでいきましょう。

※破城とは…お城を壊して再び築城できないようにすること


古城山払下げ記念碑

三の丸跡に石碑が建っています。

美濃金山城跡がある古城山、江戸時代には村人たち入り禁止。明治時代には皇室の御料林となり、その後は国有林となったそうです。

昭和28年に払下げを受けたことを記念して石碑が建てられました。

石垣跡の多さや様々な場所の跡地がわかりやすくなっているのは、長年に渡り立入禁止だったことが影響しているのかもしれませんね。


城下町がよく見える本丸跡

二の丸から本丸の間にも腰曲輪跡や石垣などを見ることができます。

井戸の跡なんかも見ることができますよ〜

そして本丸跡にたどり着きました。

『史跡 金山城趾』と書かれた立派な石碑が建っていました。

ベンチもあるので休憩しながらお弁当を食べるのもいいですね〜

なんといっても景色が素晴らしいんです!!


城下町をはっきりと見ることができます。

さすがはお城が建っていた場所です。城下の様子をしっかり見る場所に建っていないと人々の様子も敵が攻めてきた時の様子もわかんないですもんね〜

お城にいくといつも思うのですが、昔の人って本当によく考えてお城を築城したんだなぁということ。

今のように機械もないのに石垣を上手に組み合わせるし、そもそも山の上にどうやって大量の石を運ぶんだろ?

先人の知恵は素晴らしいですね〜


搦手道で下りて米蔵跡へ

米蔵跡なるものがあるとのことで、登ってきた『大手道』ではなく『搦手道』というルートで降りていきます。

搦手道は登ってきた道と反対側に降りるのでご注意を。

細かい階段で少し急な感じもする道をサクサクを下っていきます。

下って下って、、、米蔵跡はどこだろう。。。

下って下って…

下山しちゃったよーーー

米蔵跡は山を下り切ったところにありました。

めちゃめちゃ大きなスペースが広がっていました!

お米や味噌・塩などを貯蔵していた場所なのだと思いますが、本当に広々としていました。


写真の石垣の上全てが米蔵跡の敷地です。写真は端から端まで写している訳ではないので、どれだけ広いスペースなのかおわかりいただけるのではないでしょうか。


さて、再び本丸跡まで登る…気にはならないので、このまま街中を通って駐車場まで戻ります。

行きたい場所もあったので、街まで下りてきたのは好都合だった(ことにしておこう)


戦国山城ミュージアム

搦手道から街中に入り、そのまま西に歩いて5分くらいの場所にあります。

『戦国山城ミュージアム』


可児市内には沢山の山城があるのですが、それぞれの山城の特徴や歴史などがわかる記念館です。

記念館内には美濃金山城と久々利城の模型や森長可の肖像画などの展示品が飾ってありました。

また、兼山のまちを紹介している展示コーナーなどもあり、明智光秀関連の展示品(主に本能寺の変の時の様子が描かれた絵)などもありましたよ。


ここ来ると、可児市内の山城全てを制覇したい気持ちにさせてくれますね〜

1つずつ、攻略していきたいと思います。

蘭丸の森からも近いです(車で2分くらい、歩いても10分程度)ので是非立ち寄ってみてくださいね。


今回訪問した場所

今回訪問した場所のまとめです。

美濃金山城跡

住所:岐阜県可児市兼山

(蘭丸ふるさとの森の住所:可児市兼山148−210)

駐車場有り:8時30分から17時

※蘭丸ふる里の森駐車場の営業時間になります。

交通機関:名鉄広見線『明智駅』からYAOバス『元役場前』下車徒歩5分で米蔵跡です


戦国山城ミュージアム

住所:岐阜県可児市兼山675−1

営業時間:9時〜16時30分(入館は16時まで)

休館日:毎週月曜日(祝日の場合は祝日の翌日)

入館料:大人1人 210円 高校生以下は無料

交通機関:名鉄広見線『明智駅』からYAOバス『元役場前』下車徒歩1分

駐車場有り

※情報は全て訪問当時のものです。変更になっている場合もありますのでご注意下さい



補足くん
補足くん

YAOバスは1時間に1本くらいあるようですよ〜

交通機関を使っても行きやすそうな場所なのかなと思いました。

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